大阪地方裁判所 平成12年(ワ)923号 判決 2000年9月07日
原告
辻靖彦
被告
尾上和幸
主文
一 被告は、原告に対し、金九八九八万九三八五円及びこれに対する平成九年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一億六八一四万九一八五円及びこれに対する平成九年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交差点における原動機付自転車と普通乗用自動車の出合い頭衝突により頸髄損傷等の傷害を負った原動機付自転車の運転者が、普通乗用自動車運転者に対し、民法七〇九条に基づき損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
(一) 原告と被告との間で下記交通事故(以下「本件交通事故」という。)が発生した。
記
日時 平成九年九月一五日午後八時ころ
場所 大阪府高槻市川添二丁目一五番先路上
加害車両 被告運転の普通乗用自動車(大阪七九る九五五七)
被害車両 原告運転の原動機付自転車(大高槻市と四四九六)
態様 加害車両が前記場所を西から東に向かって進行中、交差点内において、その左側前部を左方道路から進行してきた被害車両の前部に衝突させた。
(二) 被告は、時速約三〇キロメートルで加害車両を運転して信号機による交通整理の行われた上記交差点を進行するに当たり、運転中は絶えず前方や左右を注視し、道路状況を確認しながら進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、同乗者との雑談に気を奪われ、進路前方に交差点があることに気付かず、かつ、対面信号が赤色を表示していたのを看過したまま、漫然と前記速度で進行した過失により、折から左方道路から青色信号に従って進行して同交差点に進入してきた被害車両を左前方約五・九メートルの地点に認め、急制動の措置を講じたが及ばず、被害車両前部に加害車両左側前部を衝突させて原告を車両もろとも路上に転倒させ、傷害を負わせたものであり、原告に対し民法七〇九条により損害賠償の責任を負う。
(三) 原告は、本件交通事故により、頸髄損傷等の傷害を負った(甲第二号証の七、第三号証、第四号証)。
(四) 原告は、被告から休業損害、内払い等の名目で一二二五万八六七一円の支払いを受け、また、自賠責保険から後遺障害による逸失利益及び慰謝料として二二一九万円の支払いを受けた。なお、入通院治療費については、被告から病院に対し直接支払われている。
二 争点
被告は、休業損害及び後遺症による逸失利益の計算方法及び額並びに後遺症慰謝料の額について争う。
第三争点に対する判断
一 損害額
(一) 通院交通費(請求額一万〇二四〇円) 一万〇二四〇円
甲第五号証及び第六号証によれば、通院交通費については当事者間に争いのないものと認めることができる。
(二) 装具費用(請求額一万七七一六円) 一万七七一六円
甲第五号証により、装具費用についても当事者間に争いのないものと認める。
(三) 入院雑費(請求額一七万八一〇〇円) 一七万八一〇〇円
甲第三号証によれば、原告が本件交通事故により平成九年一〇月一五日から平成一〇年二月二八日までの一三七日間、医療法人仙養会北摂病院に入院したことが認められ、また、甲第六号証によれば、その間の雑費が一七万八一〇〇円であることを被告が自認していたものと認めることができる。
(四) 休業損害(請求額一三六〇万円) 九五〇万〇〇〇〇円
<1> 甲第三号証、第四号証、第七号証、第八号証、第一七号証ないし第二一号証、証人辻泰子、原告本人によれば、原告は、大阪府高槻市において、昭和六一年ころから個人営業のパン屋を営んでいたが、平成六年九月九日、同所においてパン・菓子の製造販売等を目的とする有限会社ツジフーズ(以下、「訴外会社」という。)を設立して自らが代表取締役、原告の妻が取締役となって、以後は常時パート従業員一二、三名を雇い、会社組織でパンの製造販売を行ってきたこと、原告は、個人営業の時代から会社組織とした後も、一貫してパン製造職人として働いてきた者であり、妻やパート従業員に補助的作業をさせることはあっても、熟練を要するパンの製造工程の中心的部分については専ら一人で担当してきた反面、訴外会社の代表取締役として複雑な経営判断等を行うことはなく、会社の経理面に関しては妻及び税理士に任せきりにしていたこと、訴外会社の本件交通事故前、平成八年八月一日から平成九年七月三一日までの事業年度にかかる決算報告書及び確定申告書控によれば、訴外会社の売上高から売上原価を控除した売上総利益は二一四七万〇〇〇三円、これから販売費及び一般管理費を控除した後の営業損失は一一六万九五二八円であり、原告は訴外会社から年額六〇〇万円(月額五〇万円)の役員報酬及び一か月当たり三〇万円の店舗及び事務所の家賃収入を得ていたこと、本件交通事故後、原告は前記のとおり入院治療を受けたが、退院後も両手足の筋肉が硬直し、常時しびれ感が取れず、時には痙攣や痛みを伴ったことから、平成一〇年三月二五日まで訴外会社の全面休業を余儀なくされ、また、その後、原告の従事してきたパン製造工程の中心作業を原告の妻とパート従業員が担当することによって再び訴外会社の営業を再開したものの、原告は上記のような身体の状態から、口頭によるアドバイス程度の関与しかできず、パンの製造工程の一部分にせよ実際に担当することができなくなったため、原告がパンを製造していたころに比べ、量的にも質的にも十分な製品が製造できなくなり、また、長期間店を閉めざるを得なかったことによる客離れの影響も生じたこと、訴外会社の平成九年八月一日から平成一〇年七月三一日までの事業年度及び同年八月一日から平成一一年七月三一日までの事業年度にかかる売上総利益は、それぞれ一〇四一万〇九〇五円、一五〇五万六三三八円と本件交通事故以前に比べ減少し、また、営業損失は、それぞれ六八六万五七六〇円、四五一万五九一七円と増加しているが、この間、原告は訴外会社から本件交通事故以前と同額の役員報酬及び家賃収入を得ていたこと、しかし、その後は、実際に中心となって稼働するようになった原告の妻が月額三〇万円の役員報酬を取得することとし、稼働することのできなくなった原告自身は、節税対策の点から月額八万円の役員報酬のみを訴外会社から受け取るようになったこと、原告の前記症状は平成一一年四月一二日に症状固定と診断されたことの各事実を認めることができる。
<2> 以上の事実に基づいて判断すると、原告が本件交通事故以前に訴外会社から役員報酬として得ていた月額五〇万円の収入は、利益配分としての性格を持つものとは言えず、全額これを労務提供の対価と見るのが相当というべきであるが、他方、原告が家賃収入として申告していた月額三〇万円の収入については、実際に訴外会社に対し店舗及び事務所を賃貸する形式をとった上で、家賃収入として申告していたものである以上、これを労務提供の対価と見ることは困難であるといわざるを得ない。
原告は、会社組織にする以前から年額一〇〇〇万円程度の利益を上げていたのであり、確定申告上家賃収入とした月額三〇万円についても、税理士が税金対策上原告の労務による収入の一部を名目上家賃として計上したものに過ぎないから、これも休業損害を算定する際の基礎収入に含めるべきであると主張しかつ供述する。しかしながら、会社組織にする以前から原告が年額一〇〇〇万円程度の利益を上げていたことを認めるに足りる証拠はないし、仮にそのような事実があったとしても、会社組織にした後、個人営業の時期と同程度の利益を得ることが可能であったかどうかも必ずしも明らかとはいえないから、原告の上記主張は理由がなく、採用することができない。
<3> 他方、被告は、訴外会社の営業損失のすべてが原告の休業と相当因果関係を有するとはいえないものの、少なくとも原告の休業損害は、事故前二年間の営業損失の平均額一二九万一二〇〇円をもとにして、原告が本件交通事故に遭ってから症状固定に至るまでの期間に増大した訴外会社の営業損失の合計額七九九万三〇九七円を超えることはないと主張する。確かに、訴外会社はいわゆる個人企業の実態を有するものというべきであるから、その企業としての営業損失が代表者個人の休業損害を反映する面が無いとは言えず、原告が本件交通事故後も訴外会社から役員報酬の名目で収入を得ていたからといって、原告に何ら休業損害が発生していないと見るのはもとより相当でないが、いわゆる個人企業の場合でも企業の営業損失が必ず代表者個人の休業損害と一致するとは言えず、企業の収支決算が、経済情勢の変動や会計処理方法の変更、あるいは従業員等の担当業務内容の変更等に伴って容易に内容が変化し得るものであることに鑑みると、代表者個人の損失が必ず企業の営業利益の損失額を上限とすると考えなければならないものでもないというべきである。
<4> そこで、前記認定にかかる原告の障害の程度や訴外会社において本件交通事故以前に原告が担当していた労務内容、本件交通事故以後の業務への関与の程度、訴外会社において本件交通事故後、売上総利益が明らかに減少する反面、営業損失が増加していること等に照らせば、原告の基礎収入を上記のとおり月額五〇万円と認定した上で、症状固定時までの一九か月間、一〇〇パーセント労働能力を喪失したものとして計算した金額をもって本件交通事故による原告の休業損害と認めるのが相当であるというべきであるから、その額は九五〇万円となる。
(五) 逸失利益(請求額一億四九六九万二八〇〇円) 九二二三万二〇〇〇円
甲第三号証、第四号証、第九号証によれば、原告は、頸髄損傷により四肢に運動障害、しびれ、疼通があり、痙攣性の症状や病的反射が現れ、握力の低下や指先の細かな運動ができないといった症状が見られるとともに、頸椎には前方固定術を施され、リハビリテーションを行ったが頸椎に可動域制限を残した状態で平成一一年四月一二日に症状固定と診断されたこと、本件事故による後遺障害として、自動車保険料率算定会大阪第三事務所は、脊柱の運動障害につき第六級五号、脊髄の機能障害として第五級二号、骨盤骨の変性障害につき第一二級五号、以上につき併合第三級の認定をしたことが認められ、これに上記(四)<1>で認定した原告の本件交通事故以前に行っていた労務内容や、事故後の労務への関与程度を併せ考えると、原告は、その就労可能期間を通じ一〇〇パーセント労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。
そこで、逸失利益の基礎収入について前記のとおり月額五〇万円とし、原告は、前記症状固定時満三七歳(昭和三六年八月一二日生れ)であったから、その就労可能期間三〇年について、年五分の割合でライプニッツ方式により中間利息を控除すると、九二二三万二〇〇〇円となる。
(計算式)
500,000×12×15.372=92,232,000
(六) 慰謝料
<1> 入通院慰謝料(請求額三二〇万円) 二五〇万〇〇〇〇円
前記のとおり、原告は、本件交通事故により平成一〇年二月二八日まで一三七日間の入院治療を受けた後、平成一一年四月一二日に至り症状固定と診断されたものであり、その間実際に通院した日数は明らかでないが、原告の障害内容等に鑑み、一定の通院期間を要したものと認めるのが相当である。そこで、弁論の全趣旨に鑑み、原告の入通院慰謝料としては二五〇万円をもって相当な額と認める。
<2> 後遺症慰謝料(請求額二五〇〇万円) 二〇〇〇万〇〇〇〇円
原告の後遺症の内容は前記のとおりであるところ、本件に現れた一切の事情を斟酌すれば、原告の後遺症慰謝料としては二〇〇〇万円が相当である。
以上損害額合計 一億二四四三万八〇五六円
二 損害の填補(三四四四万八六七一円)
原告が被告から休業損害、内払い等の名目で一二二五万八六七一円の支払いを受けたこと、また、自賠責保険から後遺障害による逸失利益及び慰謝料として二二一九万円の支払いを受けたことについては当事者間に争いがないから、その合計額三四四四万八六七一円を上記損害額から控除すると、八九九八万九三八五円となる。
三 弁護士費用(請求額一二七八万九〇〇〇円) 九〇〇万〇〇〇〇円
前記認容額その他の事情を斟酌すると、本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、九〇〇万円が相当である。
四 結論
以上から、原告の請求は、被告に対し金九八九八万九三八五円及びこれに対する本件事故の日である平成九年九月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、右の限度で認容し、原告のその余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 福井健太)